「系図」  高田渡

 私が高田渡を知ったのは高校生だった1994年のこと。彼の歌の持つ独特の風合いが妙に心に引っかかり、ベルウッド第1作目であるアルバム『ごあいさつ』を購入したが、その続作となるのがこの『系図』だ。何をおいてもまず一番の聴きどころは高田渡のギタープレイ。いわゆるアメリカンフォークのスタイルを正統に踏襲した、品格と味わいを備えたフィンガーピッキングを聴くことができる。M-2「69」、M-4「長屋の路地に」、M-8「ミミズのうた」などの2拍子の強調された伴奏が実に小気味よい。本作ではないが、『ごあいさつ』収録の「アイスクリーム」など、本当に聴き惚れてしまう。

 彼自身が影響を受けたという詩の選択にも唸らせられる。このアルバムがとりわけ私の心を掴んで離さないのは、人の世の常である生と死とその連なりについて、実に宿命的に淡々と歌われている点に尽きる。アルバムタイトルでもあるM-7「系図」、M-9「告別式」あたり。そしてその宿命と時に向き合い、時に目を逸らす酒飲みに対して語りかけるようなM-5「酒」もまた同じテーマを共有している。

 渡さんは常々「詩は歌われ続けなければならない」と口にしていたという。 「僕の歌は、こうであればいいなぁという思いとして常に自分の一歩前にあって、現実の僕はそれを後から追いかけている」というのも渡さんの言葉だけれど、これは内田樹さんの言うところの「学び」と同じ構図だ。何かを学ぶ過程そのもののうちに、学ぶ主体である自分自身の変化という結果が常に付き纏うように、実は詩を歌うその時々の中で、人知れず渡さん自身も詩の体現する世界との調和を一歩ずつ進めていたんじゃないかと、彼の歌を聴いていてふと思うことがある。









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